「現実」は自分の心の投影か!

気功講座を開講するためにカルチャーセンターへ、営業に回り4月開講にこぎつけてあとは申し込みを待つだけ。となりました。

ところが申し込みが無い!という現実をカルチャーセンターから聞き、あっと思ったのです。
こりゃ開講不可能か?と。

その夜寝床で、内なる神=超ひもと話しました。 すると超ひもがいうことには「どんな状況や現実にあっても、それはあんたの心の投影、反映でしょう」というのです。

そうなんだーーーとみょーに納得したのですが、このことが心底わかったら不平不満は他人に向かいようがないと思ったのです。

心や精神、肉体と魂のどの時点かでこの「現実」を作り出しているのですね。

魂の計画は私個人に分かりようがないし、他の誰にも正確にはわかりようがないはず。

じゃ尚のこと 自分の心の奥底で「全て納得ずく」なことを、自分の表面的な感情や精神が受け入れたらいいだけです。

私の内なるエネルギーが他の人々に受け入れられないものならば、だれも申し込んでくれなくてあたりまえ。
そんなのは真理で簡単なことですが、精神や感情は自分を卑下するようなことは認めたがりません。
いわゆるプライドがじゃまするということ。

あと一つ真理として「何もなくて当たり前」ということが、私の精神にあって「気功講座もセラピーもお金もなくて当たり前だから、無いことを嘆くな」と励ましてくれるのです。

確かに何も無い、ゼロからみたら有ることだけで有り難く思えてきます。

テーマ : スピリチュアル - ジャンル : 心と身体

コメント

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内なる神、超ひもとは何ですか?
今回の記事は心情がよく現れていて、力を抜いて読むことが出来ました。
ゼロからみたら有ることだけで・・・
確かにそうですね。
普段はゼロじゃないことが当たり前になってしまっています。

超ひもとは?

amazonで「超ひも」を検索して見てください。最初の本で私も初めて知りました。
宇宙を生み出した最小単位が超ひもだそうです。
そこから「宇宙の根源たる神、とつながっている内なるもの」を超ひもと、言ってもいいかなーと書いてみました。
確かにこの記事は心情が出ていますね、普段の記事は精神面で書いてるから、自分でも心情的にはわかりにくいと思ったりしています。
精神と情の部分が分かれて書いているんでしょう。 

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